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「したいこと」と「しなければならないこと」と…。  
子どもたちの「したいこと」と「しなければならないこと」は、そのままに「遊び」と、「学び」とに置き換えることが可能なのだろうか。

「したいこと」とは、それがどういうことであれ、必ず、なんらかの「心地良い感情」を伴うことなのだろう。だとすれば、つまり、それが「誰かのために」などという思いに基づくものだとしても、つまるところ自らの利益のため行為であると言えるようだ。

ときに、そうした体験こそが、子どもたちの誰の中にも備わる「育とうとする力」を刺激して、「自らを育む」という大きな結果をももたらすことでもあるのだが…。

また、子どもたちの「しなければならないこと」を、しまね自然の学校や焚き火小屋でのさまざまなシーンに見れば…。それは、テントを張ったり調理をしたり、ときには森に入って燃料となるたきぎを集めてくるなど、そのすべてが仲間の一員としての自覚に基づくことであるようだ。

そして、おもしろいことに、自然の学校の場合「しなければならないこと」に積極的な子どもたちは、そのリピート率が高いようだ。もしくは、何度かリピートするうちに、こうしたことに積極的になってくるとも言えようか。

これは、「なにをして良い!」のか。もしくは「何をしたらいけないのか!」など、しまね自然の学校のシステムやその質的なムーブメントを解して、彼ら自らが、そこに「自らに益するものやこと」を理解したさきの状況であるようだ。そして、そうしたことを解した子どもたちが群れるとき、じつに彼らは主体的でパワフルだ。ここに、いたずらに「指導者」や「指導的な状況」など必要ない。

いや、厳密に言えば、ここに大人など必要ないのかも知れない。ときに「子どもたちのために!」などと、じつはそれこそが本来的な対人関係の有り様を見失った「エゴにもちかい自己満足」に基づくものだと解さない大人の、いわゆるボランティアな指導などもってのほかとしか言いようがない。

しまね自然の学校のような団体が「しなければならないこと」とは、つまり、子どもたち自らが、そうした主体的になれる状況を作り出せるように支援することである。だが、しかし、そのためのスキルやノウハウはどこにあるのか。

永く、これが疑問だった!。

島根に「ワケス」という言葉がある。これを、本来的に関東人であるわたしは「若い衆」ぐらいに解していた。だが、じつは、こちらではその意味するところが少し違うようである。この言葉をある講演のときに使って、現在の島根県教育庁教育委員会の藤原義光教育長にお叱りを受けた。「お前の発音とイントネーションでは、どうにも本来的な意味が伝わらない!」と…。

出雲のこの言葉には明確に「次世代」という意味があるようだ。

そうなのだ! 子どもたちとは、地域社会の次世代でもあるはずだ!。 だとするなら、その次世代の育ちの支援にもっとも大切にするべきものとは、子どもたちそれぞれの帰属する地域社会の日々の暮らしの中にこそあるはずだ。

では、その具体的なヒントはなんだ!。

写真は、札幌に在住して、「meLL flowers」という花屋を経営する知人が作ったこのお正月の「松飾り」である。しかし、この気高さと品位ある美しさはどうだ。素材は若松、稲穂など、誰でもが当たり前に知るものばかりだ。にもかかわらず、この美しさはどうだ!。

知人の美意識の高さ!。そして、フラワーアーティストとしてのスキルやセンスが、どれほどに高いかなど言葉にするまでもないだろう。だが、意識されるべきは、それらがすべてではないようだ。知人のブログやホームページには、その仕事上のパートナーへの配慮や、ユーザーへの気配りがあふれている。

花を思うおもいや、花束を手にする人々への心遣いがあふれているのだ。

つまり、この松飾りの品位と美しさは、これを作った知人に内在する「社会に一員としての品格ある美しい自覚」に由来するのだろう。

だけに、これを前にする大半の人々が、この美しい松飾りに心地良い緊張をともなうレベルの「日本人」としての「帰属感情」をも刺激されるのだ。つまり、この松飾りは、社会に一員としての自覚を呼び覚ます美しいシンボルになっているのだろう。

子どもたちが、いわゆる「ワケス」であるなら、その育ちの支援者が意識すべきものがここにこそあるようだ。この知人の松飾りを作ることは誰でもが出きることではない。だが、その質的なものを理解し意識することは、けして難しいことではないはずだ!。

家族で、襟を正して新年を祝う。

久しぶりに帰省した娘のために、我が家ならではの心地良い「晴れの日」を用意する。

だからと言って、それらに豪奢を気取るなど馬鹿げている。大切なことは、関わるそれぞれが、心地良い帰属感情を刺激されるレベルに襟を正して贅を尽くせば良いことだ。

言うなれば、花一輪の心地良さを大切にして…。

そして、これは、しまね自然の学校のような体験教育事業体の立ち位置もまるで同じなのだ。

まずは、子どもたち自らが自然の学校を心地良いと感じられ、その帰属感情を刺激できるような状況を意識する。ときに「焚き火小屋」は、その目に見えるかたちであるのかも知れない。また、メニューやプログラムに、彼らが「島根」を、「オリジナルなものと意識できるよう」にシンボリックなものを用意するなど…。

これまでに、機能したものをあげてみれば、まずは「しまね自然の学校」のロゴだろうか。これがなぜか子どもたちに人気がある。つぎに森に遊ぶときの子どもたちは大半の場合クライミング用のハーネスを着ける。木登り、岩登り、沢に遊ぶときなど、現実に必要だからなのだが、子どもたちにとって、こうしたギアーは自然の学校に参加しているという意識を高めるシンボリックなものであるようだ。

そして、そうしたものが「お前用…!」と手渡され、これを大切にすることをピアリーダーたちに教えられることで、彼らは自ら、自然の学校への帰属感情を育んでいくようだ。つまり、そのさきの「しなければならないこと」に、子どもたちは主体的にパワフルになるのだ!。

「しなければならないこと」を「したいこと」にすり替えて…。

ともあれ、新年!。

幸いにも出会えた「meLL flowers」さんのこの美しい松飾りをシンボルにこの一年を心地良く過ごしたいものだ!。




※美しい「松飾り」の写真は、「meLL flowers」さんにお願いして拝借した。感謝!。ちなみに、クリックすればオリジナルのスケールになる。ちなみにホームページはhttp://mellflowers.com/だ。


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「松ぼっくり」 
しまね自然の学校の焚き火でよく使われる着火剤は、よく枯れた松葉と松ぼっくり…。けして、いつもと言うわけではない。だが、子どもたちの焚き火体験のベストのために、原則、これを大事に使っている。

そして、その「松ぼっくり」は、子どもたちが毎回のキャンプに当たり前に集めてくるのだ。

森に入ってなにかを探すときなどに、子どもたちは木の実やキノコなどよりも、こうしたものを集めることに夢中になる!。大人は、食べれるか!食べれないか。また、それが美味いかどうかなどが先に立つ。だが、どうにも、子どもたちは少し違うようだ。また、そうしたときに「集めやすいもの」と言う基準は、思いのほかに大きなウエイトを占めるかのようである。

そしてさらに、子どもたちの森の中の遊びにもっとも楽しいことが、その「なにかを探すこと…!」であるようだ。だけに、焚き火小屋にも、松ぼっくりは、まるで常備しているかのように大量にあるのだ。

そして、写真の「大王松」の松ぼっくりは、その中に一つだけある。

じつに、その高さは二十センチぐらいあるだろうか!。当たり前のそれに比べて、これほどに大きいことに驚かされる。これは数年前、スタッフの一人が勤務先のある学校から、「学生が夢中になって集めてる!。」と持ってきたものだ。

「なぜ?学生が…!。」と聞けば、「どうやら一個あたり、数百円で売れるらしい…!」言う。これに、なぜこんなものが売れるのかと聞けば、その理由は解らないという。

馬鹿な話だと思えた!。

意味は無い!。目的も別に無い!。しかし、何となく売れそうだからと先を競って集めて…。そして、誰かが集めるぐらいだから、たぶん価値あるものなのだろうと、目的も持たずに買う者もたしかにいるのだろう。

しかし、際立つことは、ただ「大きい」だけなのだ!。そして、当たり前の松ぼっくりの使い道をイメージしてこれをなにかに使おうとしても、じつは今度は大きすぎて使いものになどならないのだ。

子どもたちの反応はじつに素直である。

たしかにはじめは、もの珍しくて寄ってくる。だが、すぐに、この大きな松ぼっくりには「集めたくなるような当たり前が存在しない」ことに気付くのだ。すぐに関心を失って見向きもしない。

じじつ、これは焚き火の着火剤にしようにも、大きすぎカサばりすぎて使えない。持ってきたスタッフは、「クリスマスのリース」などを作ってはどうだろういう。しかし、この松ぼっくりを付けられるぐらいのリースとは、一体どれほどの大きさになるのだ。

仮に強引に大きなリースを作って、それを取り付けるだけの壁があったとして…。そこに歪んだ権威に似たものと、くだらないサブカルチャーとも言うべきもののほかに、一体なにが生まれるというのだ。

三十年も前のことだ!。いわゆるバブルの時代に、渋谷の「109」の前に樹高15メートルほどの本物の樅の木を立てて(植えるのではない!。言い換えれば、巨大な切花のようなものだ)、これに数万個のミニ電球を点灯させる工事を請け負っていた。つまり、渋谷の繁華街に、一夜にして巨大な電飾をほどこしたクリスマスツリーを作るわけである。電飾の工事費だけで五百万を越える仕事だったのだから、総工費は一千万を軽く越えたのだろう。

これを仕事と割り切って、3年ほど続けた。だが、都市の喧騒と狂気に、我を忘れた飲んだくれた酔っ払いのためだけに、この馬鹿げた状況が年々エスカレートすることにウンザリして止めさせてもらった。

エバーグリーンの森に一夜を過ごす静かなとき…!。焚き火の小さな焔に満たされるなにものにも代えがたい心地良さを…!。

そうした大切なものを見失わせる都市の喧騒と狂喜と…!。

けして「大王松」に罪があるわけではない!。ただただ、松ぼっくりにしては大きくて目を引くからと、その状況に「売れるかもしれない!」と、浅はかにも考える馬鹿な人間がいるに過ぎないのだ。

しまね自然の学校のスタッフが、この認識を見失わないためだけに、この「大王松」の松ぼっくりはここにある!。

不幸なことに…!。



「ふつう」 
靴下を履こうと、洗濯されたものから手頃なそれを引っ張り出したのだが、なぜか右と左が揃わない。まあ、どこかに出かける予定もないし、気にせず、色の違う似たようなものをそのままに履いた。

しかし、これを、ちょっぴりおしゃまな女の子に見つかって、今日の素敵が一つ生まれた。

よく晴れた日曜日の昨日、行楽に出かけた通りがかりに、家族とともに焚き火小屋をのぞいてくれたこの子は、しまね自然の学校のリピーターの4年生だ。

「子どもには、ちゃんとしろって言うくせに~!。」という彼女のセリフに、お母さんまで困った顔をして笑っている。これに、あやふやな返事をしたら、「ふつうねぇ~!!。」と、さらなるお小言はヒートアップする。

しばらく、笑いころげながらこのやりとりを楽しんでいたのだが、この子が何度も口にする「ふつう」と言う言葉が、とても気になった。

じつを言えば、「しまね自然の学校」を立ち上げ、子どもたちの育ちの支援にかかわるようになったこの十数年、わたしが意図して使わないように心がけてきた言葉が、この「ふつう」なのだ。漢字に書けば「普通」となる。

辞書などに、その意味を正しく知ろうなどとも考えたくないくらいだから、ともすると、わたしのもっとも「嫌う言葉」なのかもしれない!。それぐらいだから、この可愛い少女の「ふつう」が気になって、じつは、何度出るか数えていた。

だって! だから! でも!? などにつづいて、この「ふつう」と言う言葉が、わたしの靴下の履き違えの指摘になんと七回も出てきた。そして、その前後の言葉から、その意味するところを考えれば、彼女は、わたしを非難するかのようにこの言葉を使っているのだ。

それは、当然、意識されたものではないし、彼女に、わたしを傷付けようなどという思いがあるわけでもないだろう。だが、ときに、「言われる側」の状況や立場によっては、じつにこれは傷付けられる言葉に聞こえてくる。

わたしにすれば「どうでも良いこと!」と自らが理解したことだから、むしろ、笑いながらその状況を楽しんだ!。だが、ロジカルで利発なこの子に、同じ年代の子が「ふつうね~!。」などと、その小さな失敗を指摘されたとしたら、ときにそれはいわゆる「いじめ」に捉えられなくもない。

「ふつう」などとは「あり得ないこと」なのだ!。

すこし強引かも知れないが、この言葉は「標準値」などと言い換えることが出きるのかもしれない。これを言い換えて、十人の人の「標準値」とは、百人の人の「ふつう」なのかと考えてみればよい!。

そんな馬鹿なことはあり得ない。また、微妙を言えば、十人の人の「標準値」とは、これにわずかに一人が加わっただけでも変化するはずだ。つまりは、それほど変化が激しく移ろいやすいものを、「それがふつうだよ!」などと言われたら、たぶん誰一人として、自分は「このままで良いのだ!」などと思うことなど出来なくなる。

たしかに、われわれは、その隣人との関係に育ち、暮らし、生きているわけだから、大切なものと理解し、意識しなければならないことが多くある。だが、その関わりの「標準値」とは、それぞれの個性やオリジナリティーを互いに認め合って、その上で、その共同と協調のためのルールを維持するレベルにとどめるべきだ。

「ふつう」などとは、考えるまでもなく「あり得ないこと」なのだ!。

だから、わたしは、この「ふつう」という言葉を使わない。だが、しかし、それ以上に、この素敵でおしゃまな女の子を傷付けるようなことなどしたくない。昨日は、その「ふつう」を連発して、この心地良いお小言にありがとうと、ごめんなさいをくり返しておいた。

少しばかり、後ろめたいものを感じながら…!。



「蹴る鳥」は言う!。 
こちらを見ていた彼が、視線の向こうにいつものようにすこしシニカルに笑う!。

気付けば、トレードマックのスキンヘッドには、本人のものではないどこかのサッカーチームのネームの入ったキャップがのっている。どうやら、またなにかを企んでいるようだ。

そろそろ彼は60がちかいはずなのだが、じつにパワフルで、またじつに頑固で柔軟な精神を持つ人である。自らを「風音と呼んでくれ…!。」というのだが、しまね自然の学校の子どもたちもスタッフも、誰一人としてそんな呼び方をするものはいない。当たり前だ!。あたまをスキンヘッドに剃り上げ、これにすこし古めのレイバンをかけて、乗り回す車は、パールグリーンのシボレー「アストロ」なのだから、初対面の人なら大半の者が避けて通るか、「かっこいい…!。」と固まってしまう…。

しまね自然の学校を立ち上げた当初に、「倶楽部はうす」に現れて、いきなり「ザイルとか…。クライミングの道具を貸せ!。」というのだ。かつてのサムライの「刀は武士の魂である!。」などといったレベルでの思い込みはさすがにない。しかし、登攀具は、そのメンテナンスや取扱いによっては、ときに命にも関わる状況もあり得るぐらいの理解はしていた。だけに…。

正直を言えば「この馬鹿!なにを考えているんだ!?。」と思えた。ただ、同時におもしろそうなものも感じて、だまったままに聞いてみれば「あんた、こどもに野遊びさせようとしてんだろう!。おれも手伝うから、あんたのクライミングの道具と技術で、子供らに木登りをさせようぜ!。」という。

これを、二つ返事で了解した。

以来、この「風音さん」は、しまね自然の学校の中心的なスタッフの一人である。ただし、自身が理解しない、または気に入らないことは絶対しないけれど…。

気がつけば、さきほど、その彼のスキンヘッドにのっていたキャップをピアリーダーのヒデがかぶっている。「どうした?。」とき聞けば、「風音さんがくれた…!。」と万事こころ得たという顔をして笑っている。

風音さんは、「拾ったものは俺のモノ…!。」と口癖のように言うのだ!。

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』という映画がある。南北戦争時代のフロンティアを舞台に北軍の中尉と、スー族と呼ばれるインディアンとの間で交わされるこころの交流を描いた西部劇である。先住民族を虐殺し追い払う白人中心主義のアメリカ社会に対して警鐘を鳴らすと同時に、フロンティアへの敬意と郷愁とを捉えている点で従来の西部劇とは大きく一線を画し、登場する「インディアンたちが彼らの言語で喋る」という点でも話題となった。自身も、チェロキーとの混血である「ケビン・コスナー」が監督も兼任する作品である。

この映画が、彼が、これまでの人生にもっとも感動した映画なのだそうだ。そして、その映画の中で、とりわけ印象に残るシーンに出てくる台詞が「これは(拾ったものは…)俺のモノ…!。」なのだそうだ。

ケビン・コスナー扮するジョン・ダンバー中尉(「狼と踊る男」)が、バッファロー狩りの最中に落とした北軍の軍帽を、グラハム・グリーン扮する「蹴る鳥」がかぶっている。これを中尉が「(拾ってくれて、ありがとう)返してくれ!」と言うシーンがあるのだが、ここで、この台詞がでてくるのだそうだ。

「大切なモノは、かならず身につけて置くものだ!お前は、落とした!。この帽子が大事なものではないからだ!。俺は拾った。だから、これは俺のモノ…!」だと…。

そして、やはり、この子だろうなと思っていた少年がヒデに噛みつきだした!。「返せ!バカヤロー…!!。」と、ヒデが泥棒でもしたかのように懸命だ!。しかし、ヒデも、「知らんは…!おれは風音さんに貰ったんだ!!。」と、この辺の呼吸を十分にこころ得ている。

この少年が、あまりにもだらしがないのだ!。調理のあとも、テントの中でも…。キャンプが仲間との共同作業で成り立つことを理解しろなどと小賢しいことを言うつもりはないが、程度があるだろうと思えるほどにだらしがない。そして、それは、彼がこれまで、こうしたことで「身に染みるほどに叱られた体験がない!。」ことに原因があるのだろう。

家人が子どもたちに優しいことは良いことだ!。しかし、優しすぎるのはどうかと思える。「自分のことは、自分でする!。」をうたう、ある意味「冒険学校」とも言うべきプログラムに参加する子どものキャンプの準備をすべてしてあげてしまうことは、どうなのだろうと思えるのだ。結果として、この少年は、自分のことを自分ですることがまったくできない。

これが「甘えてしない!」のなら、スタッフは気にも止めない。だが、しかし、この少年は自分ができないことに気付いていないし、その結果のさまざまなトラブルの原因が、自分にあるなどと気付くこともあり得ないのだ。

しかし、その状況に「叱ること」など、じつは、まるで意味などなさない。友達の前で叱られれば、いたずらに「子どもたちを卑屈にする」だけだと理解するべきだ。こういう状況に「叱りたがる」大人たちとは、大半の場合、自身の抑えきれない感情を当事者の子どもにぶつけているだけだと解されるべきなのだ。つまり、ファシリテーターの資格などないと…!。

風音さんは、ここで「蹴る鳥」になる!。

つまり、徹底的に子どもたちを困らせるのだ!。彼は、子どもたちに好かれようなどと考えない。徹底的に困らせることで、「この変な、おっちゃんが居るときは、自分のモノをちゃんとしておかないと取られちゃう!。」と、子どもたち自身が感じて、自分のモノを管理するように仕向けていくのだ。

ちなみに、小学生のときからリピートしてきたヒデは、自身もこの経験を持つからこの辺りのことを良く分かっている。そして、風音さんは、いつまでも自分が持っていれば、少年にはなす術がないことも良く理解している。帽子をヒデに委ねたのは、つまり、少年に「自分の帽子を取り戻すチャンス」を与えるために…。

大切なことは「結果をだす」ことだ!。そうしたことも意識せずに、体験教育事業体のスタッフが「子どもたちに好かれる」など、まるで意味などないと解するべきなのだ。意識されるべきは、子どもたちに「自分のことは自分でしなければならないのだ!。」と教えるのではなくて、体験として理解させることなのだ。

かつて、われわれ自身がそうであったようにだ!。

「蹴る鳥」の台詞について、風音さんに聞いたおりに、かつてアメリカにクライミングに行ったときに知人に聞いた話を思い出した。

知人は、そのときが初めてのヨセミテだった。キャンプ場にテントを張って、半月ほどのあいだクライミングを楽しんだのだという。ある日、食糧などをテントに入れたまま岩場に出かけて終日を過ごし、帰ってみたらテントがない。慌てて探せば、どうやらブラウンベアーに持ち去られたらしい。

引きずったあとを辿ってこれを見つけ持ち帰り、再びテントを張って…。その夜、岩場で知り合ったアメリカ人のコテージに遊びにでかけたのだそうだ。そして、深夜に戻ってみれば、そのテントは見るも無残にボロボロだったのだという。もし、出かけることなく「就寝していたら…!。」と、知人は震えが止まらなかったそうだ。

「蹴る鳥」は言う!。「大切なモノは、かならず身につけて置くものだ!。」と…。
「ナオキ」 
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最良の日である!。しまね自然の学校に関わって15年になる。それ以前の「野遊び塾」や「自然塾」の時期も入れれば、17年ほどになるのだが、その関わりの大半は心地良いことばかりだったと解している。しかし、それらと少し違ったレベルで、今日ほど嬉しいことはあっただろうかと考えてしまった。 

半月ほど前に「ヒデの純粋…」と題した記事を、このブログにアップしたのだが、これにひとりだけコメントが入った。その内容に「ヒデ」のお母さんかとおもったのだが、それは兄の「ナオキ」だった。嬉しくて「ありがとう!」のコメントを入れたあとにメールを送り…。何度かのメールのやりとりに「しまね自然の学校を体験したナオキならではの感じていることを文章にしてみたら…!。」と伝えたのだが、今日は、これに答えてくれた文章が届いたのだ。

最良の日であった!。折よく現われた古いスタッフとともに、何度も、何度も読み返した。いつもなら、現われると3時間は話し込んで放してくれないそのスタッフも、このナオキの文章に感ずるものがあったとみえて、「ふむ…!!。」と言ったまま、黙ったままに読みふけっていた。

記述のスタイルは、わたしがここに書くコラムのようなものではなくて、いわゆる「小論文」の体をなしていた。そして、その内容に、正直、「やはり…!。」と感じさせられた。あえて記すが、断じて、この「やはり…!」は「想定されたレベルのつまらないものだ…!。」と言うことではない。

彼は、わたし自身の同じ年代の体験に照らして「想定していたこと」に触れていたのだ。と言うよりも、その部分にこそ着眼して、文章はまとめられてあった。

「… お互いのことを話していると、当然のことながら「島根って何があるの?」という質問が出てくる。初めのうちは「田舎だけど、豊かな山や森と、とてつもなくきれいな海がある」などと答えていたのだが、「???」「ふーん…」という反応に会話が続かないことが多くあった。…が、そのうちそれも嫌になって「出雲大社があるよー」などと適当にやり過ごすようになってしまった。…」

「…また、交友関係も少しずつ広がり、友人と買い物に行ったり、ゲームセンターやカラオケに足を運ぶことも増えた。恥ずかしいことに(?)島根にいた頃にはそのような経験がほとんど無かったため、どのように振舞えばいいか、どういう風に楽しんでいいのかよく分からなくて苦労した。連れて行ってくれる友人は、オシャレで遊びにも慣れ、何かと要領がよく、典型的な「都会っ子」だといえるかもしれない。しかし、何度かそうしたことを繰り返すうちに、楽しいな、と思うようにもなってきたが、いつも何か「違和感」があった。楽しくはあるが、どこか冷めていて、心の底から楽しいと思えなかったのだ。これは飽きなのか、まだ足りないのか、もしくは自分には根本的に合わないのか、友人たちを横目に見ながら考えてみたりした。…」

「…初めのうちは、うまくいかなくてモヤモヤした気持ちの原因は自分に何か重大な欠陥があるからなのだと思い、色々と雑誌や本を読み漁ってみたり、人のマネをしてみたり、自分を何とか変えてやろうと努力したが、結局何もうまくいかなかったように思う。…」

大都市に生まれ育てば、理解するどころか感じることさえあり得ないことだろう。たぶん、その質的なレベルには大きな違いがあるのだろうが、彼のこの「葛藤」を40年前の自分も同じように経験していた。だけに、これは「想定」出来たことだし、しまね自然の学校が、そのプログラムのデザインに徹底的に「島根」を意識するのも、この「葛藤」を彼ら自らが乗り越えるためにもっとも有益なツールが「ロイヤリティー」にもちかい「故郷への思い」だと考えるからである。

そして、ナオキも、ここに立ったようだ!。

「… だが、家族と電話で話して「目が覚めた」と思うようなことがあった。…自宅からの着信で、内容は「元気にしてるか、最近どうだ?」といったごく普通のもので、「別にいつもと変わりなくふらふらしとるわー」と適当に返事をして終わったが、その後しばらくして不思議なことに涙が出てきた。…」

「… 島根を離れ、様々な人に会い、周りの人をうらやましく思い、島根に生まれたことが嫌になり、島根を否定しようとした時期もあったが、その時、自分は何があろうと島根の人間であり、それで十分だということを今更ながら実感した。…島根には、育った場所があり、自分を育ててくれた人がいて、いつでも迎えてくれる家族(狭義・広義ともに)がいる。都市でスマートに生きることが最高の善であり、島根の生活は好ましくないものだ、などといつどのように思い込んでしまったのだろうか。…ここまで容易に自分の考え方が変わってしまったことに衝撃を受けた。…」

「…子供は教えられることによって育つという面もあるが、教えられることから自由になることによって育つという面もあるは確かなことだ。このようなことを考えていると、「しまね自然の学校」での体験を思い出す。…」

「… 小学校の高学年の時から、ほぼ毎月のように参加させてもらった。始めの頃は何をしていいのかも分からず途方にくれていたが、他の子供たちと遊んだり焚き火を囲んで談笑しているうちに自然と打ち解けていったように思う。遊ぶにしてもたいていは何か特別に用意されているわけでもないが、その場にあるもので誰かが何か思いついて、いつの間にか集まってわいわいやっていた。…その時は何か考えていた、というよりも体が勝手に動く、為すがままに任せる、という感じだった。何回か参加して慣れている子供が、慣れていない子供にアドバイスしたりする光景も見られた。スタッフも危険なことをする子供に注意したりはするが、それ以外で自分から教えに行くようなことはしなかった。教えてくれるのは自分から聞きに行った時だけだ。…キャンプをしたり、遊んだりしたところは今でも思い出す。初めは何の特徴もないと思っていた場所でもいろいろ遊んでいるうちに自分の庭のように感じるようになり、帰るときはいつも名残惜しく感じていた。島根県には「豊かな山や森と、とてつもなくきれいな海がある」という答えを返していたのはこれを念頭に置いてのことだ。…」

ここにあげたナオキの文章は、わたしがその意図する部分を切り取り組み立て直している。元の文章には、上に引用した部分のあいだに、例えば、イヴァン・イリイチの「脱学校論」や「コンヴィヴィアリティーのためのツール」などの引用も見られ、彼が、ここになにを書こうと懸命であったのかが良く解る。だけに、本当は、ここに「ナオキの文章」と題して、すべてをそのままにあげようとも考えたのだが、それをあえて止めた。

理由は、彼の現在のこうした文章を書くためのスキルレベルと、その未来的な可能性を考えたからである。

まず、はじめの読後感は「ああ!。育ったな…!!」だった。そして、次は「こういう結論を導きだせる体験と理解の環境に、彼は、いるのだな…!。」なのだった。だけに、もう一度、この原稿をナオキに戻そうと考えたのだ。

彼の切り取ることがらは、本来なら、われわれの時代こそが若い世代の育ちのために真摯に、精査・検証すべきことなのだろう。だけに、彼が、自らの体験に照らしつつここに着眼してくれたことはとても嬉しいのだ。しかし、だからこそ彼に、もう一度、彼が感じ理解するものを俯瞰し直してほしいのだ。

彼が、感じ理解し、この文中に記そうとするものは、われわれレベルで感じ解することだ。ナオキは、言うなれば、われわれの「弟子」のような存在なのだ。そして、「弟子」とは、師匠の肩にこそ乗るべきだ。師匠を踏みつけ、その上に、彼は、自らのオリジナルな認識こそを見つめるべきなのだ。

ともあれ、しまね自然の学校の主催者として、ナオキの文章に触れることができて、彼がなにを見ているのか理解することが出来た今日は、これまでの人生になかなかにないほど「最良の日!」であった!。

ナオキの未来と、その可能性にこころからのエールこそを送りたい。


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