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持続可能な社会について考える 
野外体験産業研究会は、自然と農山村の暮らし・都市の暮らしの関わり方をメインテーマに、「持続可能な社会の可能性」を意識しながら、きたるべき近未来に提唱すべき新しいライフスタイルの検証と実践と、その背景理論の精査・整理を目的に活動を続けてきた。平成16年3月に、島根県中山間地域研究センターから委嘱を受けて開始した活動実績については、島根県に提出した「野外体験産業育成成果報告書Vol.1~Vol.3(編・著島根県中山間地域研究センター 野外体験産業研究会)」に詳しい。従来、こうしたジャンルの研究は、それを専門とする研究者がアカデミックな環境に於いて、それぞれの研究者の「所与の認識」に基づいて行われて来た。しかし、ときに、そのフィールドを「体験としての理解を伴わない研究」が社会にもたらす危険についてこそ、真摯にあるべきだと言えば、それは傲慢のそしりを免れないだろうか。

野外体験産業研究会はこうした認識こそを最も大切にすべきものと意識しつつ、当該地域に暮らし、地域社会の未来を真摯に考える「生活者である若者たち」と共にその実践的研究活動を続けてきた。だけに、その成果には「特筆に値するもの」があったと自認する。その資料としての重要性をおもい、執筆者各位の許可を得てここに記事としてあげることにした。

本稿は、有田昭一郎 氏(島根県中山間地域研究センター地域研究グループ/主任研究員)の、農林業経営・暮らし・教育・デザインなどの「持続可能な社会について考える」にもっとも大切なものと意識されるべき課題を、風景・風土という「ヴァナキュラー」なものを見つめながら島根と北欧諸国とを比較検証した研究報告である。

北欧と日本の“暮らしと自然との関わり”の比較を通して

1.北欧の暮らしと自然との関わり
 ヘルシンキの市場を歩くと野菜の品数はおおよそ15種類である。日本の市場や直売所と比べると極端に少ない。しかも、ジャガイモ、キノコ、ベリー類を除いては殆ど輸入品である。都市部から郊外にでるとその理由がよくわかる。農村部は見渡す限り牧草地か麦畑である。他のヨーロッパにみられる家庭菜園は全くなく、庭先にはリンゴの木ばかりである。冬が長く厳しく野菜をつくるのは難しいようである。それでも穀類、乳製品の自給率は100%以上である。カロリーベースの自給率も日本より高い。第2次世界大戦中、輸入がとまり食糧難になった経験がきちんと政策に反映されている。
 郊外に出ると、牧草地と共に森も広がる。特にスウェーデン、フィンランドは国土に占める森林の割合が7割と日本とならび世界トップクラスである。他方、気候が厳しいため樹の生長は著しく遅く、例えば針葉樹林の伐期(植えてから木材として使えるレベルで伐採できるまでの期間)は100~150年と、日本の伐期60~80年の約倍である。それでも、これらの国々は木材輸出国である。自分達の直接の利益にならずとも、次の代のために森をつくり・育てるという大人達の姿勢が、経済活動としての林業を成立させている。
 また、デンマークを除き、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンでは殆どのアパートメントや個人宅に煙突がある。一般の北欧の人々の住宅の中をみることはできないので確認できなかったが、少なくとも一般家庭に暖炉があり、直火に触れる機会は日本人よりも遥かに高いようだ。ノルウェーのソグネフィヨルド沿いの森の中の道を歩いていると、ポツンポツンと道沿いに薪積みがあった。下にパレットが引いてあり、誰かが森から樹を伐りだしては薪にして乾燥し搬出しているらしい。同じく、フィヨルドで泊ったバンガローにも暖炉があった。フィンランドやスウェーデンの都会に暮らす人々の中にも、郊外の森や湖のほとりに小屋を持っている人が多く、長い夏のバカンスは家族や友人と時間を過ごすことが多いそうある。北欧の人々の暮らしや生業は、日本とは比較にならないほど森との関わりが濃く・広い。

2.北欧の農村~なぜフィヨルドに人々は住み続けられるのか~
 ノルウェーのフィヨルドを歩いていていつも気になることがあった。この人達はなぜここに住み続け、どうして住み続けることが可能なのだろう。
  11月であったが、フィヨルドの風景は天国のように美しい。自然も豊かで、子どもが育つには最高の条件であろう。かつてフィヨルドを拠点にしていたノルウェーバイキングは、一時、アイルランドやアイスランドを領土にするほど隆盛を誇ったが、それでも生活の拠点はフィヨルドであったそうである。この話を読んでいて、宮本常一氏が『日本の中央と地方』で紹介していた日本の出稼ぎの話を思い出した。出稼ぎは単純に”農山村で食えないため都会に出て行く“行為として捉えられがちだが、実際は、その土地に住み続けるための努力であった。その土地で生産だけでは確保できないものを稼ぐため村の外へ出る、都会で稼いだものは全て自分のためだけに使うのではなく、村をよくするためにも使うことが昭和30年代頃まで日本の農山村で普通に行われていた。農山村は、本来、人が暮らすのに良好な環境であるのであり、暮らすことができるのであれば暮らしたい人達も多いのである。
 フィヨルドでは小さな村にもプチホテルがあり、観光が重要な産業であることがわかる。その他、道沿いに誘致された工場も点々とある。しかし、ノルウェーの農山村の人々の最も多い業種は地方公務員である。実にノルウェーの総就業人口の約4分の1は地方公務員であり、その多くは、福祉や医療に従事している。北欧諸国の福祉の充実は有名な話であるが、それは農山村で人が暮らしつつけるための機能として見事に機能している。医療や福祉は、農山村の人々の自立した生活を保障するものである、と同時に農山村最大の働き場所でもある。
 この福祉制度を支える財源は消費税により賄われる。ノルウェーはじめ北欧の国々の消費税率は凡そ25%で極めて高い。物価も確かに高いが、高いなりのよい側面もある。スーパーに行くと皆慎重に買い物している。ホテルのバイキングで残っていた朝食が、お酒のおつまみとして再販されている。その割にいいものを身につけている人が多い。豊かな社会をつくるということは、なりふり構わず働いてお金を稼ぎ物を購入できるようになるだけで実現するものではない。本当に欲しいものだけを買い、ものを大切に使う思想が個人の生活や社会で大切にされていることもその大切な条件なのであろう。ちなみに、ノルウェーでは財産税は日本と対比して低い。富裕層が社会に固定しやすくなるという見方もできるが、良いものを次の世代に引き継ぐことができるという見方もできないだろうか。
 教育制度も農山村の人々の自立した生活を支える。日本の地方の生活の最大の出費は教育費である。特に子どもが他地域の大学に進学すれば仕送りは莫大な負担となる。ノルウェーでは大学や専門学校に進学する子どもは、自分でお金を借りて、卒業後に返すのが一般的である。また、そのための融資制度も発達している。また、日本の様に大部分の人が大学に進学するわけではない。ノルウェーでの雇用の基準は卒業大学や学歴ではなく、必要な専門技術・知識、経験だからだそうである。ちなみに先に述べたスウェーデンの林業分野では、現場での作業員、森林計画に携わる人、林政に関わる官僚、林業に関わる人は全て農業大学(林業部門)でみっちり3年間実習を積む義務があるということである。その結果、わが国で起こっているような全く林業実務の経験のない官僚や計画者が林業の長期展望を考えるという矛盾は小さい単位でも国のような大きな単位でも生じない。人口が500万人前後と少ないこともあるだろうが、社会全体に人や資源を最大限どう活かすかという思想がいきわたっているのがわかる。

3.私達の暮らしと自然との関わり
(1)北欧より生きるための環境がずっと恵まれている日本
 島根県の農山村でおばあさんが1年間に作っている野菜の種類を調べたら、年間50種類以上あった。また米は自分で作っているし、野菜は食べきれなくなるので近所に配ったり、家族に送ったりしているという。少し山に入れば、春は山菜があり、冬はキノコがとれる。山林は広葉樹の森も本来30~40年に1回、伐採して薪が採れるほど成長が早い。
 これまで述べてきた北欧の食料生産の事情や植生と比べれば、いかに日本が農業や林業をする場所として生産性が高いがわかる。
(2)かつて人が住み始めた理由
 島根県益田市に小平という消滅した集落がある。室町時代末期にできた集落であり、車で片道30分、車がない頃は片道2時間かけて歩いたそうである。生活に必要なものを全て購入することを前提とする現代の生活感覚でいえば何故そこに人が住み始めたのか理解できないが、かつてそこに住んでいた人から「あそこは土が肥えていた。水も近くにあった」と聞いてそれが明確になった。生活が自給に基づいていた時代には、水があり、食料がとれ、燃料が近くにある所が住み続けられる場所であった。
(3)荒廃する農山村
 他方、現在のわが国の食料自給率はカロリーベースでも凡そ40%、先進国最下位である。昭和30年以降、国策として次々と安価な農産物輸入の間口を広げ、大都市中心の産業振興策を取り続け、都市的生活様式や価値観を最善とする教育を続けた結果、都会へ若者が出て行き担い手は極端に減り、近年は、使われない田畑は原野に戻りつつある。山林は、昭和40年代中心に植林された杉、檜など針葉樹林が適期に間伐も枝打ちもされないで鬱蒼と暗い森になっている。広葉樹林はかつて薪炭林として盛んに切り出されていたが現在は殆ど利用されなくなった。そのような中、ナラ枯れ病という新たな病気も発生しつつある。
 さらに、事態は次の段階に進みつつある。これまで農山村を支えてきた昭和一桁世代の本格的な引退が始まる一方で若者の都市部への定住が進むにつれ、山林や農地の実態、境界線も不明確なまま農地林地の所有権が都市部へ移り始めている。このままでは土地や資源はますます利用できないようになるだろう。
(4)食料・木材輸入と環境破壊
 農山村の衰退は、海外の環境破壊の裏返しでもある。東南アジアのマングローブ林が日本向けに輸出される海老の養殖地に変わっていく話、東南アジアやロシアの原生林が無造作に伐採され日本に輸出される話、中国で日本への輸出向け野菜を作るため大量の農薬を使い環境汚染を引き起こしている話、わが国の食料輸入、木材輸入が海外の環境破壊を引き起こしている事例は数え切れない程ある。またわが国の輸入は船や飛行機が使う石油に支えられている。膨大なエネルギーと環境破壊を伴いながら我々の生活は成立している。
(5)現在の暮らしと子育ちの環境 ~都市部のルーツレスな子ども達~
 人口の7割が都市部に居住する現在、我々は、これからの社会のキーワード「持続可能な社会」を考える出発点、先に述べた小平集落を例に挙げて述べた「人が生きるために必要なものは、水と食料と燃料である」ことを意識することさえ難しくなった。わが国の農山村や農地や山林の現状に触れることも、意識することもなく、無意識に都市生活を支えるインフラや流通システムに完全依存して生きている。
 さらに、都市部で生まれ育っている次世代は、自分のルーツさえ失いつつあるようにみえる。フィンランドのヘルシンキの本屋で『原宿ファッション』をいう本をみた。最近、世界的にも注目されている原宿の10代のファッションを紹介した本であったが、奇妙な印象を受けた。マルチカルチャーともいうこともできるかもしれないが、そのファッションには竹に木を接いでいるような感があり、オリジナリティーやその根幹にあるルーツとの繋がりが感じられない。風土や自然と縁薄く育ったためであろうか。個性のない大量生産品で構成された生活環境に育ったためであろうか。ルーツレスな若者の“主体性”や“個性”を伸ばすとは一体どういうことなのだろうか。
 フィンランドのヘルシンキでアルバ・アアルトという建築家・デザイナーのアトリエや自宅や建築をみた。北欧はデザイン大国であり、最近は、北欧でデザインが生まれ、イタリアで生産され、フランス、ドイツで購入されるとさえ言われている。その先鋒であったアルバ・アアルトが「自分の建築における模範的建物」といっているのは18世紀の農家家屋『Niemelaの農家』である。鈴木緑氏は著書『フィンランド森と街に出会う旅』の中で、フィンランドのデザイナーや市井の人々への生活と自然との関わりについてインタビューした結果を紹介しているが、その全てが自分の生活に欠かせないものと答えている。そして、先述のように、ヘルシンキの人々は森の中や湖畔に小屋を持ち、夏の長いバカンスを自然の中で過ごす。近年のデザインの領域における北欧の躍進は、もちろん優れた教育環境もあるだろうが、自然と関わりの多いライフスタイルとも大きく関係しているように思う。なぜなら、オリジナリティとは、その人が育つプロセスにおける風土との関わりやその人の歴史的背景との関わり“ルーツ”の中から生まれてくると考えるからである。
 グローバリズム化やボーダレス社会の到来といわれて久しいが、次世代の生きる時代はまさにそういう時代になるだろう。外資系企業が次々と参入し、日本企業の持つ村的性格は益々薄れるだろう。様々な国の人と肩を並べ働くこともますます普通になるであろう。その中で個人に求められるのは、地縁でも血縁でも学閥でもなく、必要な技術と知識と経験、そしてオリジナリティである。グローバル化やボーダレス化とは世界中の都市住民の文明的側面の近似化を意味する。だからこそ、経済的側面でいえば付加価値を生み出すため、社会的側面でいえば各々個人が個として自立するため、をデザインやものづくりの世界だけでなく、すべての領域でオリジナリティがより一層必要になる。
 ポーランドから日本に来て働いている知人と話していたとき、彼女が自分の小さな子どもについて、このように言っていた。「彼女(小さな女の子)がどの国で育ってもいい。彼女がこれからの時代を生きていくのに必要なことを沢山学ぶことができるから。でも私は彼女がポーランド人としてのルーツをきちんと持てる様にしてあげるつもりだ。なぜなら、どこの国で暮らしていくにも彼女にとってそれもとても大切なことだから」。既にルーツレスになりつつある日本の若者は、どのように次の時代に対応していくのだろう。

4.なぜそうなったのか?
 最後になぜそうなったのかについて、簡単に現時点での考察を整理する。
 第一に、戦後からずっと「人が育つ」を国の政策の中心に据えてこなかったからであろう。現在もそうである。教育、年金、福祉、地域づくりなど様々な分野で、次世代の育成が叫ばれるが、教育では国際競争を勝ち抜く人材育成、年金では将来の年金制度を支える人口確保、福祉では共稼ぎを支える子育て支援、地域づくりでは新たな担い手確保、と“次世代やその親達をどう利用するか”ばかり議論を進め、片やどれ一つとして、子どもの育ちをより豊かにすることを中心に据えた議論が行われていない。青年層に対する支援にしてもそうである。大学への入試制度や高校や大学の教育カリキュラムばかり検討して、学びたいが経済的な理由で進学できないものへの支援は殆ど充実しない。奨学金制度があるというが、学費は全て無料であり、更に融資制度が充実する北欧とは比ぶべくもない。
 第二に、「過去」から学び、未来へ向けて継続して改善作業を行わない社会気質である。
 先述したわが国の食料自給率の件もその一例である。また宮本常一は著書『村の崩壊』の中で、昭和30年代に村の崩壊の一つの原因として、地域の篤農家が消え、農業改良普及員がそれにとって変わったことを指摘している。そして、普及員自体が悪いのではなく、2~3年で移動する制度の弊害が大きいことを挙げている。なぜなら、篤農家は新たな作物を導入を奨励すればその行く末まで地域に対し最後まで責任が取れたが、普及員はそれが成果を挙げるか否かを見極めることができないからである。しかし、篤農家が消えていく段階では、地域の農業はそんな普及員制度に依存せざるを得なくなっていた。そして、50年経った現在でもその制度は変わることもなくそのまま続いている。
 第三に、社会レベルでの「自立」意識の喪失と誤解である。
 内田健一氏は『森づくりの明暗』の中で次のように述べている。
「結局、所有する山林の手入れができない人や、子どもをつくらない決断をする人が増えてきた理由は、自分の人生は自分一代だけの個人的なものであり、当然、それをどう料理するかも個人的な問題だと認識する人が増えてきた結果ではないだろうか。
 各個人の、一人生間の経済的収支を優先して考えれば、林業や育児への投資は明らかにマイナス要素だ。森を育てることも子供を育てることも、同じように金や手間がかかるけど、その金や行為の見返りを出資者個人が明確に期待できない点がよく似ているからだ。
 森を育てたり子供を育てることを、真に楽しいと感じるためには、ある意味、個人の一生は前後に継続する長大なシステムの一部分でしかなく、かつそのシステムをよりよく持続させるためにこそ自分の存在価値があるのだ、という風に考える必要があるのではないではないであろうか。」
 かつての日本社会には当たり前にあった考え方であった。日常の生活は自然との関わりの中で生きる条件を成立し得たし、出稼ぎを自分の家のためだけでなく、村をよくするために使うことが当たり前に行われていた。「自立」とは、今の自分だけ、自分の家族だけ、自分の暮らす地域だけがよくなり、自分の足で立てればよいということではない。「自立」とは自然との関わり、他者との関わりがあるからこそ、生きているということを前提に、より豊かな人生を模索し続ける姿勢である。かつて身につけていた自立意識の喪失と、経済的自立こそが自立であるとのわが国社会の誤解は、次世代にとって最大の損失である。

5.我々の社会がやらねばならないこと 
 我々の社会がやらねばならないことは、現代社会における次世代の育ちの支援の方法を試行錯誤することである。それはそのままわが国に持続可能な社会を模索することに他ならない。試行錯誤するに当たっての基本的な視点を3つ提示することにしたい。
 第一に、かつての持続可能な社会を原点としてもう一度検討することである。先述した小平集落にみたものは、人が行き続けていくための条件「水」「食料」「燃料」だけではない。それは、“自然の一部として生きている自分”や“他者と関係して生きていける自分”を当たり前に身につけることのできる暮らしと生業のあり様であり、現代社会が喪失した子どもの育ちの環境であった。かつて各地域の風土の上に成立していたこの子育ちの環境を、体系的に理解する必要がある。
 第二に、現代社会にあった形で次世代の育ちの環境を考えることである。たとえかつての家庭や地域のあり様が子育ちの環境としてすぐれていたとしても、現代のライフスタイルを昭和30年代以前のものに戻すことは不可能である。必要なのは、かつての家庭や地域を優れた子育ちの環境たらしめていた場面を、客観的にプロセスや展開環境として捉え直し、いまの社会やライフスタイルに取り込める形でデザインし直すことである。
 第三に、この試行錯誤は、我々の社会で広く取り組まれるべきことであり、各々の個人、団体、公共施設の試行錯誤は、広く社会に公開され、議論されなければならない。子どもの育ちの環境をテーマの中心据え、各々の現場の継続的な試行錯誤のプロセスを社会で広く共有し議論し、必要があれば制度の改善にも繋げていく絶えざる取り組みが必要である。

有田昭一郎 島根県中山間地域研究センター地域研究グループ/主任研究員

<参考文献>
宮本常一著「日本の中央と地方」未来社
宮本常一著「村の崩壊」未来社
鈴木 緑著「フィンランド 森と街に出会う旅」東京書籍
内田健一著「森づくりの明暗~スウェーデン・オーストラリアと日本」川辺書林
村井誠人・奥島孝康編「ノルウェーの社会 質実剛健な市民社会の展開」早稲田大学出版部
O・ステーネシェン、I・リーベク 岡沢憲芙監約/小森宏美訳「ノルウェーの歴史」早稲田大学出版部
岡沢憲芙・奥島孝康編「ノルウェーの経済 石油産業と産業構造の変容」早稲田大学出版部

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「野外体験産業育成成果報告書Vol.3」からの抜粋

監修  岡野 正美 野外体験産業研究会代表・しまね自然の学校代表 

執筆  有田昭一郎 島根県中山間地域研究センター地域研究グループ/主任研究員
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