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うさぎ追いし、かの山… 
穂高や谷川、もしくは明星山か小川山など…。お盆や正月は山に過ごすのが常だった。だけに、ある同人のチーフリーダーをしていたころ、「田舎に帰らないといけない…!」という新人に、「おまえ、やる気あんのか!そんな金があんなら山に行け!道具を揃えることを考えろ…!!」と、いまにして思えば鬼のような言葉を口にしていたのだから、我ながら恐れ入る。

そんなことを思い出しながら、帰省する知人からのメールを読んだりブログをのぞいたりしていたら、大阪に暮らす娘が顔を出した。これに「おう!どうした!。」と言ったら、いきなり殴られた!。

曰く「まったく、もう信じらんない!世の中、おとうさんと違って、お盆なの!私の同僚もみな帰省したの。だから、私も、おとうさんの居るここに帰ってきたの!文句ある!!。」だそうだ。

文句どころか、返す言葉もない。

娘は、都市に生まれた。幼いころの一時期をわたしの郷里に過ごすが、小学生のとき、わたしのそばに戻って…。以来、離れたり戻ったり…。そして、その度ごとに、わたしの住まいする場所は変わっていた。つまり彼女は、親の都合とエゴによって「ルーツレス」とも言うべき”デラシネを生きてきた”と言えるのかも知れない。

娘に叱られたその夕刻、東京に暮らす兄から電話があった。「いま、どこにいるのか分からない!」と…。

「おいおい!どういうことだ!!。」と聞けば、昼頃に、両親の墓参に郷里を訪ねて、そのまま父の在所に向けて標高700メートルほどの山越えをしたという。

写真が好きで、歩くことが好きな兄らしいといえば、兄らしいのだが…。「一本杉を越えて、親父の里の墓をさがして…。気づいたら暗くなってきたので戻ろうとしたのだが、山道に迷った。」で、わたしに聞けば「なんとかなるかも…!」と、電話をしたという。

「馬鹿か!」と思った。1000キロ離れて、しかも、わたしは郷里を離れて40年も経つ。あげくに本人がその現在地を把握していないのだ。この状況でどういう「道案内」をしろというのか。

しかし、「なんとかしろ!」と電話のむこうで笑っている。

捨てて置くわけにもいかなくて、「一本杉」から後をどう動いたのか詳しく聞いて、子どものころの記憶を頼りに目星をつけ、「天狗の踊り場」が解るかと聞いたら「ああ、通った!」と返ってきた。その先で、足尾のほこらの先を道なりに降りたかと聞けば、これにも「ああ!」と言う。だったら、そのまま右の谷に沿って進めば、お前がさんざんメジロを獲った山椒魚の谷に出るはずだ。その後は、(郷里の)集落までそこそこに広い山道だ。明かりが無いというので、カメラのフラッシュを焚きながら、その残像を頼りに無理をしないでなんとか歩けと指示をした。

結局、2時間ほどして「分かるところに戻れた!」と電話があったのだが、このやりとりを黙って聞いていた娘が「凄い!」と言う。「なにが…!?」と聞けば、「おとうさんが田舎の山に登ったのは何時なの…!?」と聞く。

つまり、わたしが登山家であったこと。遭難救助などにもさんざん関わったことも関係なく。40年も郷里を離れて、にもかかわらず、その山中に迷う兄を電話だけでガイドすることが出来たことに驚いたのだという。

「ふるさとを持つ!って、そういうことなのね!。」と感動する娘に、「不肖の父」としては返す言葉など無かったのだが…。


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※ 写真は、郷里の「加波山」。山中に白く見えるのは雪ではない。この山に産出する花崗岩の採石場だ。大都市東京の急速な近代化を支えた地場産業こそが、この慙愧に耐えない風景をつくりだした。そして、「こぶな釣し、かの川…」もヘドロにまみれた排水路に変えてしまった。あの少年のころの美しかった風景は二度と戻らない。
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