FC2ブログ
スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
キハ503 
鉄路をすべる車輪が白い火花を散らしながら悲鳴をあげる。警笛の音は大きすぎてもう聞こえない。運転手さんの顔が夕日を浴びた窓ガラス越しにゆっくり歪む。

「ちぃきしょーう!!。」と、リヤカーのハンドルを天を仰ぎながら懸命に引っ張るキヨシが叫んだ。「だめだー!!。」「もう、だめだー!!。」けたたましい轟音と、車輪の軋みが悲鳴にもにた音たてて、目の前を、リヤカーの向こう側をディーゼルカーが滑っていく。

白い光をみた気がした。

キヨシと一緒に、力のかぎり引っ張っていたリヤカーのハンドルがグニャッとして、その後に、二人一緒に飛ばされた。

鎮守の森の後ろに、最近できた豚小屋を見にいこうと言い出したのはマサオだった。臭いから嫌だというキヨシを説得して、森を抜け、土採り場の小さな丘の上に腹ばいになって、ドキドキしながら真新しい養豚場や町の住宅のような奇麗な建物をのぞいていたら、いきなりキヨシと二人、首の後ろを捕まえられた。

怖くて、あたまの中でなにかが切れそうだったことを覚えている。ちなみに、マサオは、崖の下に飛び降りて、あっという間に鎮守の森に逃げ込んでしまった。

熊のような大男に襟首を捕まれ養豚場に引きずられて…。優しそうなおばさんが「子どもらかまって、何してんだか…!?」と笑っていた。

これが、養豚場の小林さんとの初めての出会いだった。

街からきて、集落の外れに養豚場をはじめたご夫婦には子どもがいなかった。だからだろうか、二人ともすごく優しかった。と言うよりも、行けばかならず出てくるキャラメルやチューブに入ったチョコレート目当てに、学校の帰りに三人で毎日のように遊びにいった。

ある日のことだった。小林さんが、「お前ら、ちょっと手伝いをしろ!。」という。

霜に備えて、冬になる前に豚舎のあいだの敷地に砕石を敷くのだという。ついては、線路の向こうの細谷さんという石屋にくず石をもらう話が出来ているので、一人、100円づつ手間賃を出すからリヤカーで運んでくれないかというのだ。

三人とも有頂天だった。そのころ、母に毎日もらう小遣いは10円だった。マサオやキヨシは「小遣いなんちゃもらったことねえっ!!。」と言っていた。当時、どこの家でも、水汲みや風呂炊きなど家の手伝いをして駄賃をもらうことがまれにあっても、毎日決まった「小遣い」など無いのが当たり前だった。我が家に毎日10円の小遣いがあったのは、たぶん町育ちの母自身にそういう習慣があったからなのだろう。

大喜びで飛んで行った石屋のまえには、すでにリヤカーに半分ほどのくず石が積まれていた。生意気な盛りのマサオの「これっぽっちでいいのげっ…!!。」に、「この馬鹿たれ!一杯に積んだら、おまえらごときに運べるか!。」と怒鳴った細谷さんの言葉の意味を、有頂天だった三人組は聞き逃してしまったようだ。

「あしたも、やっぺ!。」と、大はしゃぎにリヤカーを進める道は、養豚場までほぼ平らなのだ。ただ、一ヶ所を除いて…。

しかし、その一ヶ所も取り立てて危険があるわけでも極端な高低差があるわけでもない。耕運機やリヤカーが当たり前に通る、常総筑波鉄道の小さな踏みきりだった。

渡る前に、自分たちの非力と積荷がなにかに気づくことが出来ていたら、この凄い思い出は生まれ得なかった。

調子に乗ったまま、その踏切になだれ込んで、渡りきる直前に片輪を脱輪させてしまったのだ。

しかし、この段階でことの重大さに気がつけば、まだ救いはあったのかもしれない。三人は、自分たちで何とかしようと考えてしまった。そして、さんざん手を尽くして、自分たちではどうしようもないことに気づいたころに、その踏切から一キロほど離れた「真壁」の駅を、ディーゼルカーが出発した警笛の音が聞こえた。

真っ赤な夕日の中、マサオが線路を、懸命に手を振りながらディーゼルカーに向かって走っていく。

最初の警笛が大きく聞こえた。ガクンと音立ててスピードが落ちた気がした。鉄路をすべる車輪が白い火花を散らし悲鳴をあげる。けたたましい轟音とともに…。

白い光をみた気がした。

最後の最後に、ディーゼルカーのタラップが、リヤカーの後ろを横殴りに引っかけたのだそうだ。運良く、誰も怪我をしなかった。気がつけば、マサオもとなりに下を向いてへたり込んでいる。

飛び降りてきた大勢の大人たちに取り巻かれ、罵倒とゲンコツを覚悟して下を向いているしかなかった。だが、なぜかパチパチと手を叩く音がして…。それはそのまま、大きな拍手になった。

運転手さんが「お前ら、よく頑張ったな~!!。」と言った。

ディーゼルカーの中から、「まーちゃん、だいじょうぶ~!?。」という聞きなれた声が聞こえて、なんだか涙が止まらなくて…。

ともあれ、次の日に、学校で、三人そろってたっぷり叱られたことは確かなことなのだけれど…。

------------------------------------------------------------------------------------
※この「キハ503」と題した小さなものがたりを、mokouno-taniさんご夫妻の大きな愛情にささえられ、美しい向谷の風景の中に育つ、耕太朗くんと芳朗くん、そして美乃里ちゃんという三人の兄妹たちへのささやかな贈り物としたい。
スポンサーサイト
 
secret


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。