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花もみじ苫屋も歌もなかりけり… 
週末のプログラムの準備に、てんてこ舞いしていた作業が一段落して「お茶しませんか~!。」の声に誘われて表にでて、なにげなく見渡した風景に「ああ、これか…!。」と、ひとり合点がいった。

「花もみじ苫屋も歌もなかりけりただ見渡せば露地の夕暮」

これは、数ある茶書のなかでも、抜群に教えられることが多くおもしろい『南方録』を記した南坊宗啓の詠んだ一首だそうだ。じつを言えば、これを最近まで、すこしシニカルに捉えていた。

この利休の高弟は、「堺の南宗寺の塔頭のひとつ集雲庵の庵主であった」とその存在は明確なのだが、書き記したとされる『南方録』の方はまるで"実在などしていなかった”かのように、どこにも読んだとか見たという記録がないのだそうだ。利休の没後100年がたって、筑前福岡藩藩主黒田家の茶人だった"立花実山によって書写された”と、突然、茶の湯の歴史に出てくるのだそうだ。だけに「偽書ではないか!?」という疑惑が永くあったと聞く。

そうしたことから、この一首を、定家の「見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやの秋のゆふぐれ」を、すこしシニカルにひねっただけのものなのかなと感じていたのだ。

しかし、この美しい風景はどうだ!!。

秋のはじめの気配に満ちた夕刻の空に、クヨシの煙が風もなくおだやかにたなびいて…。人々の落ち着いた暮らしだけが静かにあって…。まったくもって「花もみじ苫屋も歌もなかりけりただ見渡せば露地の夕暮」と詠うべき、清く浄らかな美しい路地の風景そのものではないか。

いつだったか、『南方録』が偽書かどうかなどと詮議することなど、愚かなことだ!と、誰かが記したものを読んだ気がする。その記された茶の湯のこころこそが本当のことなのだからと…。

この上津の秋のはじめの美しい夕刻の風景に、確かにそうだと感じられた。

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