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おさなごに… 
きっかけは、なんだったのだろう!?。

「不登校」や「引きこもり」、そして「ニート」などと言われる子どもたちや若い世代の現状の理解と、その対策について考えるシンポジウムやさまざまな会議に参加する機会を得たことに由来するのかも知れない。

そして、しまね自然の学校という子どもたちの育ちの支援団体をながく続け、ここで出会った子どもたちの当然とも思える彼らの育ちの中の「揺らぎ」や「揺れ」に感じてきたものに比較して、そうした機会に耳にする若い世代の状況と、その対策を議論する人々の意識し、理解しようとするものに少なからぬ疑問を感じたからに他ならない。

ともあれ、「体験もない自らに、なにが語れるのだろう?。」と、その引きこもりを意識してから2年がちかい。そして、擬似的なレベルではあっても、なにかを感じることが出きるのではないかとはじめたそれには、じつに心地よくて素晴らしい体験がさまざまにあった。また、そうした体験に連鎖して、大勢の友人や知人、仲間たちとの関係に「自らの立つ位置のようなもの」が明確になったようにも感じてもいる。

今日は、我が焚き火小屋に、とても素敵なゲストがあった。「『田園に豊かに暮らす』を考える女性の会」に依頼のあった、あるグループの昼食会にお母さんとともに参加した未だ2歳にもならない可愛い女の子だ。

いわゆる人見しりもせず、「健やかな育ち」とはこういうことかと納得させられたほどに可愛いお子さんだった。そろそろ六十がちかい年齢になった。とは言え、正直を言えば、この年齢の子どもたちを前にすると戸惑うことばかりなのだが、今日は、この可愛いレディーに、気持ちよく遊んでもらうことができてとてもうれしい。

飛んだり跳ねたりするでもなく…。この年齢のお子さんとは思えないほど静かに、大人たちとともに焚き火小屋の少し贅沢なランチを楽しんで…!。しかし、思わず微笑まずには居られないこの写真のおしゃまなポーズはどうだろう!。

とても心地よく、この子の可愛いバイバイを見送ったあとに、自らの「引きこもり」の疑似体験をも意識しながら、いわゆる「育ち」について考えてみた。

言葉にするまでもなく、このおさなごの健やかな育ちは、その父や母の大きな愛情に育まれてこそなのだろう。しかし、では、それらはすべて、この子の後天的な「学び」の中にあるものだろうか。

しまね自然の学校の子どもたちとの関わりに学んだことや、「なぜ、おさなごは泣くのか!?。」という疑問のさきを解すれば、子どもたちには、誰の中にも「育とうとする力」が宿るのだ!と考えるほかにない。そして、今日の昼食会に参加されていた一人の女性が、この小さなレディーの可愛い振る舞いを見ていて「誰もが、こういうときがあったのよね!。」と口にされた言葉がこころに残る。

つまり、「生きる」と言う言葉に置き換えられても良いだろう「育ち」とは、DNAレベルに記憶された本能的な力にも似たものに、まずは支えられてあるようだ。

この、おさなごの健やかなさまはどうだ!。

本来的に、これほど健やかで穏やかな育ちの中にあった子どもたちが「不登校」や「引きこもり」のラベルを張られ、また「ニート」と呼ばれて「その社会性に問題を持つ存在」としてあつかわれなければならない理由とは、いったいなんだ!。また、そうした状況とは、なぜ故に生まれるのか!?。

10 代の終わりに登山する楽しさに目覚めて…。以来、20代の大半をこの遊びに没頭した。そして、じつを言えば、この頃に理解したことやその記憶は、いまでも、自らの人生にとってこの上もなく大切なものである。だが、しかし、その20代を振り返りつつ、現在の「引きこもりの疑似体験」を考えてみれば、じつは、その質的なものに違うものなどありはしないのだ。

たしかに、「不登校」や「引きこもり」を経験したわけではない。だが、それらと、登山に明け暮れ、登山のために我慢しつつ生きた自らの青春の最中とに、その質的な違いなど、まるで見出せないのだ。

「定住漂泊」とは、金子兜太だったか。

「…人間にはさすらい感、漂泊の心性というものがある。世の中が豊かになればなるほど逆に、これは強くなる。現代とは、山頭火のようにすべてを捨てた放浪ができる時代ではない。定住して漂泊心を温めながら、生きるというかたちもある…」

考えれば、社会に同化できない苦悩の中に、ただただ山に通った20代を支えてくれたのは、金子のこの言葉だった。たしかに、経済的な自立は辛うじてあったのかも知れない。しかし、この言葉の中に、現代社会が「引きこもり」や「ニート」と呼ばれる若い世代に押し付けたがる、いわゆる「社会性」などどこにもない。

薄汚れたクライミングコートをはおり大きなザックを背負って、山から戻るブルートレインから降り立った上野駅には、奇異な者を見る数千の通勤客の目があった。そして、このプレッシャーに押し潰され、「死んでしまいたい!。」と考えたこともなんどとなくあった。

あれから、なにも変わらぬままに30数年が経つ…!。では、わたしは、なにものかに蔑まれ虐げられなければならないのか!。

誰にだ!。

そろそろ、若い世代が「生きよう」と思える社会を再生することに、大人たちこそが真摯であるべきではないのか!。

このおさなごの未来が幸いにあふれることを祈りたい!。




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