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豊かさと技術と環境と… 
嬉しいことだ!。友人知人、そして、我が弟子とも思う若い人たちが、このところ、じつに心地良いものを持ち込んでくれる。かたちあるものであったり、ときに考え方やスキルの向上であったり…。

「日々是好日」とは、ひとそれぞれに、さまざまにあるのだろう。

これが、焚き火小屋に暮らしはじめてから、わたしの心地良い日々とは、今日のように多くの隣人との関わりに満ちた日々であるようだ。

昨夜は、部屋の隅に山積みになっている文庫本のはざまに、深夜になって、秋の虫の大合唱がはじまった。「これも風情…!。」と、一度はベットに入った。だが、さすがに枕元の大合唱に寝付くことが出来ない。覚悟を決めて朝方まで起きていたので、誰かの声に目覚めたのは、すでに昼をすこし回っていた。

仕事とはなにか!。働くとはなにか!また、お前の人生とはなんなのだ!!。

目が覚めたなどというレベルの話ではない。その精度と完成度の高さに、思わずそんなことを口走ってしまった。

たしかに、その基礎的な技術や、こうしたものを作るに当たって考えるべきことについて教えはした。しかし、この美しさはどうだ!。そして、技術とは、一体なにごとなのだ!。

わたしも、我が弟子も、いわゆるコンピューター制御されたマザーマシンなどを持つわけではない。いや、厳密に言えば、写真のライターのケースも、ジュエリーボックスも、いわゆる電動工具などを使うことを意識すれば、ここまでの完成度に高めることなどかえって出来ない。じつに、精度の高い手作業とはそうしたものだ。

「ストック・アンド・リムーバル」と言う考え方が、カスタムナイフメーキングにある。ナイフの神様といわれる「ボブ・ラブレス」が、車のサスペンションのスプリングを素材に、手作業によるヤスリの整形だけでナイフを作る方法を見出したのだ。さすがに現在では、専用にちかいレベルに開発された特殊鋼が素材とされるが、加工技術の基本的な考え方はいまでもまったく変わらない。

いわゆる機能するだけのナイフならともかく、美しいディテールや、自然素材がそのままに活かされたフォルムなどは、ある意味「彫刻」をするような感覚を意識した手作業にこだわらなければ生まれ得ない。そして、その基本は、ただただ「丁寧」に削るのみなのだ。

我が弟子は、10年ほど、その「丁寧」を続けてきた。しかし、それはフルタイムだったわけではない。彼は、ある農業機械の製造企業の社員である。さらに、大きな農家の長男でもある彼は、大半のサラリーマンに比べれば、思いのほかに忙しい日々を過ごすはずだ。

だけに、彼が、この手のクラフトをする時間は限られる。聞けば、早めに帰宅できた日の夕食後を、週に数日当てるという。しかし、たしかに10年とは大きな時間ではあるのかも知れない。また、十分な施設も環境もなく、大半を独学で過ごして、ここまでの結果を生んだ事実は大きな評価に値するだろう。

しかし、技術とは、一体なにごとなのだろう!。

この美しいライターのケースも、ジュエリーボックスも、それを生むに必要なものは、千分の一ミリを感じて、それに飽くことなく向き合うモチベーションと懸命のさきの真摯な姿勢と技術だ。そして、そこに「利益」などという認識は存在し得ない。どころか、それを意識したとたんに、そのモチベーションも技術も一気に下降線をたどるだろう。

われわれの時代に、さまざまにあふれる「安かろう!悪かろう!。」が、如実にそれを物語る。

しかし、人々は、「豊かさ」を求めて懸命なのだという。にもかかわらず、手にするものの大半は「使い込めるもの」など一つもなくて、いわゆる「ゴミ」とは言わないまでも、刹那的な「消費」に辛うじて耐えうるレベルのものでしかない。

文化とはなんだろう!?。

かつて、人々の暮らしには「自然知」に基づくものが、あたりまえにあった。風景や風土、つまり、その暮らす環境との関わり学んだ知恵にあふれた、さまざまなものがである。あたりまえだ。その環境が違えば、必然として、その暮らしのスタイルも違うのだ。ここに無駄を避け、ベストを意識すれば、当然のようにその暮らしに合った「必然」を自ら作り出すしかない。

そして、このそれぞれの「必然」こそが、それぞれの地域ごとの「文化」と呼ぶべきものであったはずなのだ。

「巧者な人」とは、ここにこそ居たのだ!。我が家の暮らしに、家族の本当の豊かな暮らしに、飽くことのない懸命のさきに、真摯な姿勢と技術を持ってその文化を支えた人々こそを「巧者な人」というのだろう。

「…美しさの究極的な意味とは、必要な、機能的な、そして有用なものの中にこそある。この日常のニーズに対応して作られるものに、デザイナーの名前は不要である…」

これは、フィンランドの著名なプロダクトデザイナー「カイ・フランク」の哲学だ!。つまり、彼が「フィンランド デザインの良心」と称された所以でもある。

我が弟子は、どうやらこの「巧者な人」であるようだ!。そして、わたしも、無名にして「巧者な人」でありたいものだ!。





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