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少年の日の故郷の記憶に… 
数日前、このブログにアップした記事に親しい知人がコメントをくれた。

記事は、「焚き火小屋でゴスペルを…」と題して、上津の子育て世代の女性たちのグループ「ベロニカの会」が、ゴスペルを楽しむ若い人たちとジョイントして、我が焚き火小屋におこなった、ある意味、地域作りの新しい可能性をさぐったイベントについて書いたものだ。

限られた文字数にびっしりと書き込まれたコメントは、そのイベントの成功を心から喜んでくれていた。ベロニカの会をはじめ関わった多くの人々への賞賛と、自身の感じられた感動を素直に伝えたものであった。

だが、「子どもが家の前の小川で遊んでいるのを眺めながら拝見しました。…」とはじまる冒頭の文字列に、はじめ「どう、つながる!?」と、小さな疑問を感じてしまった。

しまね自然の学校という子どもたちの育ちの支援のための事業にながく関わって…。結果、わたしはこういう言葉や文字列に過敏な反応をしやすいのかもしれない。

ともあれ、そうした反省をしながら、知人のお子さんたちが、「家の前の小川に遊ぶ」シーンを想像するうちに、「水面のきらめく美しさや、川渡るここち良い風の匂い…!。」など、自分のそうしたことがらの原風景がどこにあったのか…。少年の日の故郷の記憶に、思いを巡らす自分に気がついた。

春の初めのネコヤナギにはじまって、ドジョウや小鮒を手にした感触…。ゲンゴロウや水すまし、そして幾種類もの水草…。渡り鳥の営巣、不思議な氷文や霜ばしらの美しさに目をみはった思い出などなど、そのすべてが「家の前の小川」にあった。

そんなことを思いだしながら読み進めて、つぎに「…自分たちの手で作られたものが、異口同音、余韻を味わいたい程「素敵な」「素晴らしい」ものになったということ。…今の時代、最も必要と主張されながら、他の手に委ねられていることだと思います。…」と言う文章に目を止めた。

知人は、いわゆる「中山間地域」の現状とその振興について調査研究する研究職である。少し正確に言えば、仕事としてその機関に勤務するに止まらず、自ら、小さなお子さんも含めた家族とともにある山間の集落に移り住み、その地の事実と可能性とを追体験しながら調査研究する、じつに「真摯な人」である。

だけに、ベロニカの会が主催した「焚き火小屋でゴスペルを…」に、こうした文章がコメントできるのだろうと考えた。しかし、奇妙に、腑に落ちないものがどこかに残る。

ベロニカの会は、自分たちの暮らす上津の豊かさや美しいものを、近未来に、持続可能な社会を意識しデザインし直すことをテーマに、自分たちに出来るレベルのことを大切に活動をしている。つまり、これは、自分たちのするべき当たり前を、当たり前のことと受け止めて出きることを丁寧にしているにすぎないはずだ。

確かに、この当たり前は、現在の都市環境には見えにくいことであるのだろう。しかし、だからと言って、いわゆる専門家が、ことさらに「…今の時代、最も必要と主張されながら、他の手に委ねられていることだと思います。…」と言わざるを得ない状況にあるのだとしたら…。

じつに、これは残念なことだ。もし、そうなら、現在のわれわれの社会に、「自分のことを自分でする。」という当たり前のことが、この知人のような立場に真摯に調査研究しないと理解しきれないということになりつつあるのかと思えるからだ。

いま一度、故郷の小川のふちに立ってみた。

幼なじみのタダシがいた。おかっぱの可愛いゆきちゃんと、じいちゃんに作ってもらった「泥鰌筌」を仕掛けている。田螺を潰して炒りヌカを混ぜて…。

「どうだ…!?」の声に振り返ったら、牛の餌の草刈りにきた洋さんだ!。大きな背負い籠には、刈られた草がぎゅうぎゅうと押し込められて重そうだ。

「おーい!!」と呼ぶ声に振り向けば、正男が、山から帰ったおとうさんの、粗朶が山のように積まれた荷車の上で飛び跳ねている。「遊ぶべー!。」と叫んだら、おとうさんと少し話をしたあとに「み・ず・く・みー!!」と返ってきた。どうやら、帰って風呂や台所の水汲みが待っているようだ。

「まーちゃんもそろそろ帰れ…!」と洋さんが籠を背にした。そうだ、そろそろ帰って風呂の水汲みをしないと、かあちゃんに叱られる…。

ある「晩夏」の風景である。

この生き生きと美しい風景の中に、子どもたちも大人も自分のすべきことを当然に「自分のこと」として暮らしていた。つまり、その豊かな環境に、その暮らしの全てを自分の手で作って(創って)生きていたのである。

そしてこれが、かつてこの国のスタンダードであったはずだ。

『まったくエデンの園である。「鋤で耕したというより鉛筆で描いたように」美しい。…実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカディア(桃源郷)である』と、1878年(明治10年)、この国にやってきた著名な女性探検家イザベラ・バードが歓喜した、この国の原風景であると言っても過言ではあるまい。

この美しい世界は、わずか数十年の間に消えてしまったというのか。

そして、それをもう一度理解するためには、知人の「…今の時代、最も必要と主張されながら、他の手に委ねられていることだと思います。…」に、真摯に耳を傾けることからはじめなければならないのだろうか。
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